2019年10月5日

羽仁もと子の言葉をお届けします  10月

粟の穂は重く垂れ、稲もはや色づくばかりになりました。…きのうもきょうも同じであるとばかり、ながめ暮らしていた間に、

いつこのように楽しい秋が見舞い来たったのでしょう。思えば夢のようです。

わが心の願いが、果たして天の意(こころ)にかない、わが日々の業(わざ)がまたよき事であったなら、

一様な神の恩恵(めぐみ)は、また私たちの知らないうちに、自分たちのする業の上に、注がれているでしょう。

きょうもあすも、同じように見えるわが心わが身のまわりの状態も、収穫時(とりいれどき)を神に任せて、

一心に漑ぎ(みずそそぎ)くさぎる間に、ときには困難もあり、時には小さい失望があるにしても、

ついに種々(いろいろ)の喜ばしい実を結ぶようになることは、私どもの半生においても、たびたび経験したことです。

羽仁もと子著作集 『思想しつつ生活しつつ上』 「天然の教訓」より