2020年5月2日

羽仁もと子の言葉をお届けします 5月

明窓というのは明るい埃のつかない窓、浄几というのはごみのたまっていないきれいな机。目に見えない私らの内部も、ごみやほこりがついていない「明窓浄几」でありたいと思います。私らの内部の塵埃というのは、どういうものでしょうか。人を憎んだり、あの人はこれだと勝手な推量をして、とんでもないことを考えたりする。そういうことは、みんな塵芥と同じことです。私らの内部、心の中もほんとうに明窓浄几にして、今日から勉強するようにしたい、私もそうしたいと思います。 「明窓浄几」より抜粋  ~羽仁もと子著作集第20巻「自由・協力・愛」~